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静岡地方裁判所 昭和60年(ワ)484号 判決 1998年9月24日

主文

一  被告静岡県は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告静岡県に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告静岡県との間に生じたものは、これを一〇分し、その一を被告静岡県の、その余を原告の各負担とし、原告とその余の被告らとの間に生じたものは、全て原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金一億円及びこれに対する昭和五七年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告静岡県は、原告に対し、東京都において発行する朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、サンケイ新聞各静岡版、静岡市において発行する静岡新聞全県版及び浜松市において発行する中日新聞静岡版の各朝刊記事下広告面を使用して、全五段で、左記により、別紙記載の謝罪広告を、原告の顔写真(縦七センチメートル、横六センチメートル)とともに、三日連続して、三回、それぞれ掲載せよ。 <1> 見出し「謝罪広告」は、四四級活字

<2> 本文は、一五級活字

<3> 年月日は、一五級活字

<4> 題名は、一六級活字

<5> 氏名は、二八級活字

三  被告静岡県は、原告に対し、静岡市において放映するSBS静岡放送、静岡けんみんテレビ、テレビ静岡、静岡第一テレビの各午後六時から午後一〇時までの時間帯のテレビを使用して、別紙の謝罪広告を朗読しつつ、一回につき一分間、三日連続して、三回、それぞれ放映せよ。

四  被告静岡県は、原告に対し、SBS静岡放送局の午後六時から午後一〇時までの時間帯のラジオを利用して、別紙の謝罪広告を、三日連続して、三回放送せよ。

第二  事案の概要

一  本件は、弁護士であり、かつ、衆議院議員選挙に立候補することを予定して政治活動を行っていた原告が、静岡県警察本部及び静岡南警察署(以下「静岡県警」という。)の違法捜査により、事実無根の業務上横領容疑で静岡地方検察庁に書類送検された(後に嫌疑不十分で不起訴処分となった。)うえ、被告らが報道機関に対し右容疑があると断定して書類送検した旨の虚偽の事実を公表する等したため、あたかも確証ある業務上横領容疑で原告が書類送検されたかのような報道がなされ、その結果、名誉を毀損される等甚大な精神的苦痛を被ったとして、被告静岡県に対し国家賠償法一条一項により、その余の被告らに対し民法七〇九条、七一九条によりそれぞれ一億円の損害賠償と被告静岡県に対し謝罪広告及び謝罪放送を請求した事案である。

二  争いのない事実等

1 当事者

(一) 原告

原告は、昭和三七年に弁護士登録し、当初は第二東京弁護士会に所属していたが、昭和五五年七月静岡県弁護士会に登録替えし、現在に至っている。

原告は、弁護士として活動する一方、昭和五一年一二月五日(社会党公認)、同五四年一〇月七日(無所属)、昭和五五年六月二二日(無所属)各施行の衆議院議員選挙に立候補をし、右各選挙にいずれも落選した。原告は、昭和五七年三月に社会民主連合の推薦により新自由クラブに加入し、同党静岡県連合常任理事の地位にあり、同年秋に衆議院議員選挙に立候補を予定して静岡県第一区内外に一一ヶ所の選挙委員会届出事務所を設置するなどしてその準備をしていた。

(二) 被告ら

被告静岡県は普通地方公共団体であり、静岡県警はその警察組織である。

訴訟承継前の被告亡星野鉄次郎(以下「亡星野」という。)は、昭和五七年当時(以下「本件当時」という。)、静岡県警察本部長であった。

被告酒井猛(以下「被告酒井」という。)は、本件当時、静岡南警察署長であった。

被告植松信一(以下「被告植松」という。)は、本件当時、静岡県警察本部刑事部捜査第二課長であった。

被告野末茂樹(以下「被告野末」という。)は、本件当時、静岡南警察署刑事課捜査第二係長であった。

そして、亡星野、被告酒井、同植松、同野末は、職務として、原告の業務上横領事件の捜査ないし広報活動に関与していたものである。

2 事実経過

(一) 訴外漆畑保は、訴外株式会社静岡プレス(以下「静岡プレス」という。)の債務について保証もしくは担保提供(物上保証)していたところ、静岡プレスは昭和五二年三月下旬ころ倒産し、同社の代表取締役であった大塚祥(以下「大塚」という。)は所在不明となり、右債務の返済を迫られた。そこで、漆畑保は、同年四月中旬ころ、かねてからの知り合いであった渡建材株式会社(以下「渡建材」という。)の代表取締役であった訴外渡辺史郎(以下「渡辺」という。)に負債の整理等を依頼し、自己所有の土地等の権利証、実印等を同人に交付し、更に渡辺を介して、同じころ、乙山株式会社の代表取締役であった甲野太郎(以下「甲野」という。)にも負債の整理を委任した。

渡辺は、右負債整理の一環として漆畑保を代理して同人所有の土地を第三者に売却し、約七〇〇〇万円の返済原資を作り、このうち約二〇〇〇万円は漆畑保の負債整理等に使用したものの、残りの約五〇〇〇万円を自己の経営する渡建材の経営資金に流用(横領)したため、漆畑は自己の債務を整理することができなくなってしまった。

(二) そこで、右漆畑は昭和五二年一一月中旬ころ、改めて右負債整理を弁護士である原告に委任した。原告は、渡辺と右横領金約五〇〇〇万円の弁償について交渉し、分割弁済の合意が成立したが、渡辺がこれを一部履行しなかったため、昭和五五年一二月一九日、漆畑保の代理人として、渡辺を業務上横領罪で静岡県警に告訴した。

(三) 右告訴を受理した静岡県警は、この事件の捜査中に、甲野、渡辺、訴外大石幸男(静岡プレスに対し約八〇〇万円の債権を有し、漆畑保からその所有の不動産につき根抵当権の設定を受けていた金融業者。以下「大石」という。)、同中沢久之(静岡プレスに対し約二七〇〇万円の債権を有し、漆畑保からその所有不動産に抵当権設定等を受けていた金融業者。以下「中沢」という。)の供述等から、原告が漆畑保から負債の整理等の処理経費として昭和五二年一二月一二日当時預託されていた一三〇〇万円のうち四五〇万円の使途が不明であると考え、漆畑保所有の不動産に対し設定された大石の根抵当権設定登記等の抹消登記手続(以下「本件根抵当権等の抹消登記手続」という。)に関して、原告が右四五〇万円を横領したのではないかとの疑問を持つに至った。そこで、静岡県警は、昭和五七年九月ころ、漆畑保及びその家族に対し、右使途不明金の存在を教示し、弁護士に相談するように勧めたところ、同年一〇月七日、漆畑保から原告を被告訴人とする業務上横領事件(以下「本件業務上横領被疑事件」という。)の告訴がなされた。静岡県警は、右告訴を受理した後、関係者からの事情聴取をし、原告の横領容疑が濃厚であるとの判断に達し、同月二九日から同年一一月四日の間に合計五回にわたって原告を取り調べたほか、更に関係者を取り調べるなどして捜査(以下「本件捜査活動」という。)を進めた結果、同月一二日、「原告が、昭和五二年一二月一三日ころ、原告名義の静岡銀行本店の総合口座から、漆畑保の負債等の処理資金として業務上預かり保管中の四五〇万円をほしいままに出金し着服横領した。」旨の容疑(以下本件容疑という。)で、関係書類とともに事件を静岡地方検察庁(以下「静岡地検」という。)に送付し、同月一三日午後二時ころから静岡県庁社会部記者クラブ(以下「記者クラブ」という。)において、被告酒井、同植松が報道機関に対して記者会見を行い、告訴事実の要旨とその事実により事件を静岡地検に送付したことを公表した後、同日午後三時ころ一旦会見を打ち切った後、幹部間で協議して「容疑を認める」との結論的見解を公表した(以下「本件広報活動」という。)。

(四) 報道各社のうち静岡新聞は同日付夕刊で原告の写真入りで、「小長井弁護士を書類送検」「依頼者の金、着服の疑い」といった見出し記事を掲載し、朝日、毎日、読売、サンケイ、中日等の各新聞も翌一四日付朝刊で「負債整理金横領で告訴された小長井弁護士を書類送検」などの見出しで記事を掲載して、本件容疑についてそれぞれ報道した。

(五) その後、静岡地検は、昭和五九年一一月二日、本件業務上横領被疑事件を嫌疑不十分で不起訴処分にした。

三  争点

1 本件広報活動は、原告の名誉を毀損するものか。

2 本件広報活動は違法なものか。

(一) 静岡県警が公表した事実の公共性及び目的の公益性

(二) 被告らが本件公表の内容を真実と信じたことについて相当の理由があったか。

3 本件捜査活動は、次の各点において違法なものか。

(一) 漆畑保に対する違法な告訴誘導がなされたか。

(二) 訴外三岡賢吉司法書士(以下「三岡司法書士」という。)に対し違法な供述工作等を行ったか。

(三) 被告らは、暴力団関係者である甲野の虚偽供述を利用して、本件業務上横領容疑を捏造し、原告を横領犯人と断定するような捜査活動を行ったか。

(四) 被告らは、本件捜査活動において原告に弁明、反証提出の機会を与えず原告の防御権を不当に侵害したか。

(五) 被告らは、虚偽の本件業務上横領被疑事件を捏造し、原告の犯行と断定して検察官に事件を送付したか。

4 原告の損害の有無及びその額ないし謝罪広告等の必要性

四  争点に対する当事者の主張

1 争点1について

(原告の主張)

被告らは、報道機関に対し、原告につき本件容疑があると断定し静岡地検に書類送検した旨公表したため、あたかも確証ある業務上横領容疑で原告が書類送検されたかのような報道がなされ、その結果、原告は名誉を毀損された。

2 争点2について

(被告らの主張)

被告らは、公共の利害に関し、公益を図る目的をもって本件広報活動を行ったものであり、且つ被告らには公表した内容が真実であると信じたことについて相当の理由があったから、仮に右広報活動が原告の名誉を毀損するものであったとしても違法性がなく、不法行為を構成するものではない。

(一) 事実の公共性及び目的の公益性

本件広報活動は、弁護士であり、衆議院議員選挙への立候補を予定して政治活動も行っていた原告を被疑者とする業務上横領事件を検察官に送付したこと等を内容とするものであり、一般国民の防犯上の注意を喚起するほか、新たな犯罪を行おうとする者にこれを思いとどまらせたり、同種犯罪の発見や被害申告を促進する目的で行われたものであるから、公共の利害に関する事実について、専ら公益を図る目的をもって行ったものである。

(二) 被告らが本件広報活動の内容を真実であると信じたことの相当性

(1) 原告に対する業務上横領容疑の発生

静岡県警は、漆畑保が渡辺を告訴した前記業務上横領被疑事件に関し、昭和五七年四月九日大石から事情を聴取したところ、同人は、<1>大塚に対する債権の担保として、昭和五二年三月三〇日付けで漆畑保の土地建物に根抵当権(極度額一五〇〇万円)を設定した、<2>その後、その根抵当権に関し、中沢らが大石方に来て、一三〇万円位払うから右根抵当権設定登記の抹消をして欲しい旨申し出た、<3>大石はこの申出に応じ、昭和五二年の一〇月か一一月ころ、静岡市内の中島屋グランドホテル(以下「中島屋」という。)のロビーで一三〇万円位を受け取り、これと引き換えに右根抵当権設定登記の抹消登記手続に必要な書類等を中沢に渡した旨供述した。

他方、同県警が、右事件に関し、漆畑保の息子である漆畑文男から任意提出を受けた資料の中に、大石名義の四〇〇万円の領収証が存在し、大石の右供述(一三〇万円位で根抵当権設定登記の抹消に応じた)と右領収証記載の金額(四〇〇万円)との間に食い違いがあることが判明した。

そこで、同県警は、右根抵当権の抹消登記手続の処理について捜査したところ、この処理に関与した甲野ら関係人の供述等から、次の事実が明らかになった。 大石は、大塚に対する債権を担保するため、漆畑保所有の土地等に、昭和五二年三月三一日付けで大石名義の極度額一五〇〇万円の根抵当権を設定し、更に同一物件につき、大石の元従業員小長谷豪(以下「小長谷」という。)名義の停止条件付賃借権仮登記をした。しかし、右担保物件については、当時競売手続が進行していたため、漆畑保の負債整理を受任処理中の原告は、任意処分により有利な価格で第三者に処分するため競売手続を中止させ、交渉により右根抵当権を抹消することを企図した。

そこで、原告は、甲野、中沢の両名をして大石らとの折衝にあたらせることとし、昭和五二年一二月上旬ころ、右両名に対し、「大石の根抵当権抹消については、最高二〇〇万円で済むように努力して欲しい。」旨の依頼をした。

これを受けた甲野は、同月中旬ころ、大石から一五〇万円で右根抵当権を抹消する旨の合意を取り付け、原告に対し、二〇〇万円以内で右根抵当権を抹消する合意ができた旨報告し、登記抹消手続等の処理日は同月一三日とすることとした。

右報告を受けた際、原告は、甲野に対し、右根抵当権抹消に関し、実際に大石に支払う金額は二〇〇万円であるが、大石作成名義の四〇〇万円の領収書と、小長谷作成名義の二五〇万円の領収書を作成して欲しい旨依頼し、甲野はこれに応じて右二通の領収書を偽造した(この点につき甲野は、「右領収証のうち、大石作成名義のものは甲野の内妻である丙川花子に書かせた。小長谷作成名義のものは誰に書かせたか記憶が明らかではないが、いずれにしても自分が指導して作成させた。」旨供述している。)。

そして、同月一三日昼過ぎころ、甲野は中沢とともに原告の法律事務所を訪れ、同事務所において右根抵当権を抹消するための解決金として二〇〇万円を原告から受領した。そして、甲野は、中沢及び当時別の件で右事務所に来ていた渡辺を伴い、中島屋に赴き、同ホテル一階ロビーで大石と落ち合い、原告への前記報告内容と異なり、同人に対し右二〇〇万円のうち一五〇万円を渡し、その場で一五〇万円の領収証を受取った。残り五〇万円は甲野が自らの交渉の手数料として天引きした。その後、甲野は、大石と三岡司法書士事務所へ行き、同司法書士に本件根抵当権等の抹消登記手続を依頼し、数日後に同手続が完了した。

(2) 原告を被告訴人とする業務上横領事件の告訴

右(1)の事実によれば、大石の根抵当権等の抹消の処理に要した費用は二〇〇万円であるところ、原告が提出した公認会計士作成の監査証明書(公認会計士香村正雄において原告が漆畑保から受任した負債整理並びに財産の処分等に伴う金銭の出納について監査した結果を証明した文書)によれば、右処理のために原告が漆畑保から預かった保管金から六五〇万円が支出されたことになっていること及び甲野が原告から依頼されて偽造した旨供述している前記二通の領収書の金額が右金額と一致することから、静岡県警は、右六五〇万円と二〇〇万円との差額四五〇万円の使途が不明であり、この差額部分を原告が横領したのではないかとの疑問を持つに至った。

そこで、同県警は、漆畑保に右四五〇万円の使途不明金が存在することを教示し、同人に対し、弁護士に相談するよう勧め、昭和五七年一〇月七日、漆畑保が本件業務上横領被疑事件の告訴をするに至った。

(3) 原告に対する取調べ

静岡県警は、漆畑保からの告訴を受理後、昭和五七年一〇月二九日から同年一一月四日の間に、合計五回にわたって原告に任意出頭を求めて取り調べ、供述調書七通が作成された。その要旨は次のとおりである。

<1> 昭和五二年一一月一四日ころ、漆畑保の負債整理を受任した。

大石の根抵当権設定登記の抹消登記手続の件については、漆畑保らから聞いたそれまでの経過等を参考にして、甲野にその解決を委ね、同年一二月一三日に右抹消登記手続を行うことにした。そして、甲野に対しては、予め、大石との間で根抵当権設定登記の抹消について合意に達した場合には、右同日大石を同道して三岡司法書士事務所に赴き、同司法書士から根抵当権設定登記の抹消登記手続に必要な書類の確認を受けたうえ、静岡市土大夫町にある原告の後援会事務所に連絡すること及び漆畑保の親戚である訴外杉山金平(以下「杉山」という。)、同石井光男(以下「石井」という。)及び漆畑文男が持参する解決金を大石に交付し、それと引き換えに右登記の抹消登記手続に必要な書類の交付を受けるよう指示していた。この手続については、杉山、石井及び漆畑文男を立ち合わせることとし、当日同人らに、大石のほか訴外金村賢次郎(漆畑保の土地等についての根抵当権者。以下「金村」という。)の根抵当権設定登記を抹消するため同人らに支払う解決金(各人につき六五〇万円合計一三〇〇万円)を静岡銀行本店の原告名義の口座(原告が漆畑保から預かり預金していた)から引き出させた上、これを右司法書士事務所に持参させる予定になっていた。当日、大石の根抵当権抹消については、予定どおりに事が運ばれ大石に六五〇万円を支払って根抵当権設定登記の抹消登記手続に必要な書類を受領したが、金村の根抵当権設定登記の抹消の処理はできず、同人に支払う予定であった六五〇万円は即日原告に戻され、その日のうちに再度右口座に預け入れられた。

<2> 原告は、右一三〇〇万円の授受には一切関与していない。当日(右一二月一三日)の午後五時少し前に、原告の法律事務所で甲野に会い、同人から大石との問題が解決できたという報告を受け、更にその後、事務所の事務員から大石作成名義の金額四〇〇万円の領収証(一通)と小長谷作成名義の金額二五〇万円の領収証(一通)を手渡された。

大石との間の交渉は、以上のとおり処理されており、当日原告の法律事務所で甲野に現金二〇〇万円を交付したことはない。また、右各領収証が甲野らにより偽造されたものであることは知らず、真正なものと信じて受領した。

(4) 原告の供述に対する裏付け捜査の結果

右のとおり、原告が、甲野らの供述と相違する供述をしたため、静岡県警は、更に、杉山、石井及び三岡司法書士を取り調べ、次のような供述を得た。

まず、杉山及び石井は、一致して、昭和五三年一二月ころ、原告からの指示で静岡銀行本店から一三〇〇万円を引き出したが、この金員は全額原告の法律事務所の事務員に交付し、大石に対する金銭の支払や根抵当権設定登記の抹消登記手続には関与していない旨供述した。

また、三岡司法書士については、同人の昭和五七年九月七日付け供述調書(以下「三岡第一回調書」という。)の内容が漠然としており、その後、関係人(特に同司法書士の妻)から事情を聴取したところ、同司法書士の供述には記憶違いがあるのではないかと疑われるようになったため、静岡県警が、同年一一月五日及び同月七日の二回にわたって、三岡司法書士から再度事情聴取をしたところ、「小長井弁護士から、漆畑保を登記権利者とする根抵当権の抹消登記手続を依頼されたことがある。その手続のために、男二人が事務所に来た記憶があるが、金銭の受渡しは私の事務所では行われなかったと思う。」との供述が得られた。

このように、大石に対する金銭の支払が三岡司法書士の事務所でなされたとする原告の供述に沿う供述は全く得られなかった。

(5) 原告に業務上横領容疑があると判断した理由とその相当性

以上の捜査結果を踏まえ、静岡県警が、原告に業務上横領容疑があると判断した理由は、<1>原告は、大石の根抵当権設定登記の抹消等の処理については、漆畑保からの預かり保管金から六五〇万円が支出された旨供述しているが、甲野や大石ら関係者の供述などによれば、実際に右処理に要した費用は二〇〇万円であると認められる、<2>そうすると、昭和五二年一二月一三日に静岡銀行本店から引き出された前記一三〇〇万円のうち、同日再度預け入れられた六五〇万円と右処理費用二〇〇万円を除く四五〇万円の行方が不明である、<3>原告は、右四五〇万円につき、自分は金銭の授受に携わっていないが、かねて決定していた段取りどおりに、三岡司法書士の事務所で、石井と杉山の手によって、六五〇万円が全額大石及び小長谷に支払われたはずであるというが、右石井及び杉山からはこれに沿う供述は得られず、かえってこれに反する供述が得られた、<4>以上の状況からすれば、原告から「段取りどおりに処理されたはずだ。」という程度を超えて、もう少し説得力のある弁解がなされるべきであるのに原告はこれができず、収集した証拠に照らし不自然である、<5>結局、原告が右四五〇万円を横領したとする以外には合理的説明がつかない。

というものである。

以上によれば、被告らが、本件広報活動の内容(原告の本件業務上横領容疑)を真実と信じたことについては相当の理由が認められ、右行為は不法行為となるものではない。

(原告の反論)

被告らが本件広報活動を行ったのは、原告の弁護士としての業務を妨害し、かつ原告の衆議院議員立候補予定者としての政治活動に打撃を与える目的で甲野らを利用して故意に業務上横領の容疑を捏造し、これを公表したものであって、公益を図る目的でなされたものではない。

また、被告らが、本件広報活動当時、原告の本件業務上横領容疑を真実と信じたことについても、相当の理由があったとは到底認められない。

(一) 昭和五七年九月までの捜査状況

静岡県警は、原告が漆畑保の代理人として渡辺を告訴した前記業務上横領事件の捜査中、甲野が、「昭和五二年一二月一三日の昼過ぎ、渡辺、中沢と一緒であったと思うが、原告の法律事務所で大石に渡す金として同弁護士から二〇〇万円を受け取り、その足で中島屋へ行き、大石に現金一五〇万円を渡し、その旨の領収証を受取り、その後大石と一緒に静岡市内の代書屋(三岡司法書士事務所)へ行き、根抵当権抹消の手続を頼んだ。」旨供述し、渡辺、中沢及び大石もこれに沿う供述をしたことなどから、原告が漆畑保から預かっていた六五〇万円と甲野が原告から交付されたと供述している二〇〇万円との差額四五〇万円を原告が横領したものと見込んだ。

その後、静岡県警捜査二課巡査部長大石康雄(以下「大石巡査部長」という。)が、昭和五七年九月七日、三岡司法書士をその事務所において取り調べたところ、同司法書士は、「漆畑保所有の土地に対する大石、小長谷の抵当権設定登記等の手続は私が取り扱った。その後、この件に関し、小長井弁護士から金銭の受渡しの仲介を頼まれ、私の事務所で金銭の受渡しがあり、これにより(右設定登記等の)抹消手続をした覚えがある。最初、背広を着たキチッとした姿の男(甲野)が来て、しばらくして背の高い男(大石)が来た。二人の男は、金が届くのが遅くなり一時間以上待たされ、多少いらいらしていた記憶がある。お昼近くになって、漸く小長井弁護士事務所の人だと思うが、お金を届けてくれた。お金の額については、よく覚えていないが、一〇〇万か二〇〇万円位だと思う。金をどちらに渡したかはっきりしないが、背の高い男に領収書を書かせている。領収書は、小長井弁護士事務所の人か背の高い男のどちらかに渡している。」旨供述し、これを録取した同日付け三岡第一回調書が作成された。

(二) 原告に対する容疑の破綻

三岡司法書士の前記供述によれば、甲野と大石が同司法書士事務所で「金が届くのが遅くなり、いらいらしていた。」ことが認められる。ところが、甲野の供述のとおり、原告の事務所で大石に渡す金として原告から二〇〇万円を受け取り、その後、中島屋を経て、大石と一緒に三岡司法書士事務所に行ったとすれば、甲野らが同司法書士の事務所で「金が届くのが遅くなり、いらいらする。」ことはありえない。

このように、甲野と三岡司法書士の前記各供述を対照検討すれば、甲野の右供述に依拠した原告に対する業務上横領容疑が成り立ち得ないことは明白であった。

そして、静岡県警は、昭和五七年九月当時、甲野らの供述から、甲野が大石の根抵当権抹消に際して、四〇〇万円の領収証(大石作成名義)と二五〇万円の領収証(小長谷作成名義)を偽造したことを認知していたのであるから、この段階で、原告の容疑に対する捜査を終結し、右領収書を偽造した甲野らに対し、三岡司法書士事務所で授受された金員の行方について厳しく追及すべきであった。

以上のとおり、昭和五七年九月の段階で、被告らが、甲野の供述と三岡第一回調書を対照検討すれば、原告の業務上横領容疑が成り立ち得ないことは明白であった。

そして、右三岡第一回調書の内容は次に述べる「当日の金の流れ」とも一致していた。

(三) 当日(昭和五二年一二月一三日)の金の流れについて

原告は、静岡県警の取調べの際に、原告の法律事務所の日誌(この書面は、原告の通常の業務の過程において、事務所の職員が事務所の動静の一切を時刻も含めてその都度機械的に記載した原告及び原告法律事務所の弁護士に対するいわゆる「連絡帳」であり、極めて信用性が高い。以下「事務所日誌」という。)に基づいて、本件の根抵当権等抹消登記手続処理がなされた当日における原告及びその法律事務所の動静、指示等を述べていたもので、これによれば、甲野の供述の矛盾と当日の金の流れが判明し、原告が無実であることは明白であった。

すなわち、右当日における金の流れは次のとおりである。

<1> 昭和五二年一二月一三日午前九時、杉山、石井、漆畑文男の三名が原告の後援会事務所に来所(漆畑文男は、途中で帰った。)。杉山、石井は、原告の指示により、静岡銀行本店の原告名義の普通預金口座から合計一三〇〇万円の解決予定金を出金し、三岡司法書士事務所から連絡があるまで、原告の後援会事務所で右金員を所持して待機することとした。

<2> 午前一一時二八分、甲野から、原告に対し、根抵当権者金村との話がつかず、当日午前中の処理が難しくなったので、三岡司法書士事務所での処理(登記抹消、現金授受)を夕方まで延ばしてほしいとの電話連絡があり、午後四時三〇分に三岡司法書士事務所で右処理を行うことに予定を変更した。そして、後援会事務所で待機していた杉山、石井は、出金した現金一三〇〇万円を同事務所の職員に預け、午後四時に再訪する旨告げて一旦帰宅した。右金員は、おそくとも午後〇時までに同事務所の職員から原告の妻に手交され、同事務所と同じ敷地内にある自宅で一時保管した。

<3> 午後一時三〇分ころから、原告は、静岡家庭裁判所で離婚調停に代理人として出席していた。

<4> ところが、甲野、大石らは、前記予定変更の合意に反し、午後二時三〇分ころまでに、三岡司法書士事務所を訪れ、同司法書士に、本件根抵当権等の抹消登記手続に必要な書類を手交した。そこで、同司法書士は、同二時三五分ころ、原告の法律事務所に右書類を預かった旨連絡してきたが、甲野や大石が金が来ないと騒いだため三岡司法書士は、同二時四一分ころ、後援会事務所に電話連絡し、原告と至急連絡を取りたい旨申し入れた。そこで、後援会事務所の職員が、静岡家庭裁判所に急行して原告に事態を説明し、原告は、直ちに同裁判所の公衆電話で三岡司法書士と連絡をとり、大石との解決金六五〇万円を女子事務員に三岡司法書士事務所まで持参させる旨伝え、他方、原告の法律事務所の岡村節子事務員(以下「岡村事務員」という。)に電話して右解決金を右司法書士事務所に持参するよう指示した。

<5> 同事務員は、同日午後三時ころ、原告の法律事務所を出て、原告の自宅で原告の妻から現金六五〇万円を受け取り、同三時二〇分ころまでに三岡司法書士事務所に到着し、同事務所の女子事務員に対し右六五〇万円を渡し、これと引き換えに大石幸男名義の金額四〇〇万円の領収証と小長谷豪名義の二五〇万円の領収証を受領し、帰途、前記後援会事務所に寄って右二通の領収証を預け、同三時四四分ころまでに原告の法律事務所に戻った。

<6> 原告は、午後四時二〇分ころ、静岡家庭裁判所から法律事務所に戻り、岡村事務員に対し、未解決の金村分の解決金六五〇万円を原告の静岡銀行本店預金口座に締後入金するよう指示し、処理させた。

<7> 午後四時五五分ころ、甲野は原告の法律事務所を訪れ、原告に対し金村との話し合いがつかなかったことから、大石との取引が遅れた旨弁解して帰った。

<8> 午後五時四八分ころ、後援会事務所の事務員である鈴木彰が、前記領収書二通を原告の法律事務所に届け、原告は、数日後に漆畑保にこれを引き渡した。

以上の事実からみて、大石の根抵当権の処理に関する解決金六五〇万円の右当日における流れは明らかであり、全て日誌等によって裏付けられており、原告の供述とも一致することから、原告の業務上横領容疑が成り立ち得ないことは明白であった。

(四) 甲野は、静岡県警の取調べにおいて、昭和五二年一二月一三日午後〇時すぎ、原告の法律事務所を訪れ、原告から、大石分の解決金として、現金二〇〇万円を受取った旨供述しているが、前記事務所日誌には、甲野が右日時に原告の法律事務所に来所した旨の記載はなく、右供述は虚偽である。

従って、この点からみても、甲野の右供述を前提とする原告の業務上横領容疑が成り立ち得ないことは明白であった。

3 争点3について

(一) 漆畑保に対する違法な告訴誘導がなされたか。

(原告の主張)

およそ捜査機関が告訴を誘導する場合には、合理的な資料根拠に基づき、犯罪捜査上告訴を不可欠とする特別の必要があって、被告訴人の自由及び権利を不当に侵害することのないように注意しなければならない。

ことに、弁護士は、社会的信用を職業上の生命とし、基本的人権の擁護と社会正義を実現する使命をもって、ときには捜査権力に対抗する場合もあるのであるから、警察当局が意図的に弁護士に対する不当な告訴を誘導することは許されない。

更に、公選の公務員に立候補を予定している者は、絶えず政治ないし選挙活動の場において、中傷、誹謗、謀略、妨害等いわれなき障害を賢明に克服しながら、有権者に正しい理解を求めて活動しているところ、ひとたび汚名を着せられたならば、取り返しがつかないのであるから、警察当局がかかる者に対する告訴を誘導する場合には、理由の真実性、捜査上の必要性、方法の相当性等について、とりわけ厳重な注意義務を課せられる。

ところが、既に述べたとおり、静岡県警は、昭和五七年九月の段階で既に原告に対する業務上横領容疑が成り立ち得ない捜査状況であったにもかかわらず、漆畑保及びその代理人である弁護士大蔵敏彦、同中村順英、同河村正史に対し、原告の容疑を開示して、秘密を漏洩し、漆畑保に対して告訴を誘導したもので、右告訴の誘導は、右で述べた捜査機関が告訴を誘導する場合の規範遵守義務に違反していることは明らかである。

(被告らの反論)

既に述べたとおり、静岡県警は、本件根抵当権等の抹消登記手続等の処理については、原告から六五〇万円が支出されているにもかかわらず、実際に右処理に要した費用は二〇〇万円にすぎないことが判明したため、使途が不明な差額の四五〇万円は原告が横領したのではないかとの疑問を持つに至った。そこで、静岡県警は、昭和五七年九月ころ、漆畑保の息子である漆畑文男及びその妻である同明美に対し、原告が関与した漆畑保の負債整理に関して使途不明金が存在することを教示し、同人らの依頼で右負債整理に途中から関与した弁護士ら(弁護士大蔵敏彦、同中村順英、同河村正史)に相談するよう勧めた(なお、右教示にあたっては、警察の資料は示しておらず、原告の容疑についての警察の判断も示していない。)ところ同年一〇月七日、漆畑保が原告を被告訴人として、業務上横領容疑の告訴をするに至ったものである。

従って、静岡県警が漆畑保らに対し違法な告訴誘導をした事実はない。

なお、静岡県警が、甲野が前記領収書二通を偽造した(大石幸男名義の領収書は、甲野が訴外丙川花子に依頼して偽造させた。)ことを認知していながら、これを私文書偽造事件として立件しなかったのは、甲野らの供述等から、甲野が原告から右二通の領収書を作成することを依頼され、それがどのような目的に使用されるかという点についての認識がないまま作成したことが認められたので、甲野の右行為が犯罪を構成しないかもしくは犯罪を構成するとしても違法性が極めて低いと判断したためである。

(三) 三岡司法書士に対し違法な供述工作等を行ったか。

(原告の主張)

(1) およそ警察当局が参考人の供述を録取し、供述調書を作成する場合には、参考人が記憶している事実を正確に録取すべきであって、捜査員が参考人に不当な影響を与えることによって、参考人の供述を歪めるべきではなく、また、警察当局は、重要な参考人の各供述調書の間に矛盾や変遷があるからといって、これらを部分的に送付しないで秘匿することは許されず、検察官にこれらの供述調書を全部送付し、検察官の事件処理に過ちなきを期さなければならない。

(2) ところが、静岡県警は、昭和五七年一〇月二九日、同月三一日、同年一一月二日、同月三日、同月四日の五回にわたって原告に対し本件業務上横領被疑事件の被疑者として出頭を求めて取調べを行い、その際、原告が、客観的な証拠である昭和五二年一二月一三日当時の事務所日誌に基づいて供述し、右同日、甲野が三岡司法書士事務所での処理前に原告の法律事務所を訪ねて金員を受領したとの同人の供述は事実に反し、原告の業務上横領容疑は完全に捏造であることを指摘していたにもかかわらず、これを無視し、昭和五七年一一月五日、静岡県警の大石巡査部長は、三岡司法書士夫妻に対し、同巡査部長が同司法書士の供述を録取した三岡第一回調書を破棄したと述べ、同司法書士をして、大石に対する解決金の支払が同司法書士の事務所でなされた旨の供述(三岡第一回調書における供述)を覆させ、甲野の前記虚偽供述に同調する供述をなさしめた。

更に、静岡県警は、同月一三日、静岡地方検察庁に対し、刑事訴訟法二四二条により、原告に対する業務上横領被疑事件の書類及び証拠物を送付する際、ことさらに、原告の無実を証明する三岡第一回調書を秘匿して送付せず、事実無根の業務上横領容疑により検察官に原告を起訴させようとした。

以上のような静岡県警の各行為が、警察当局において参考人調書を録取、送付する際の規範遵守義務に違反していることは明らかである。

(被告の反論)

三岡第一回調書の内容は漠然としたもので、その後、関係人(特に同司法書士の妻)から事情を聴取したところ、同司法書士の供述には記憶違いがあるのではないかと疑われるようになった。

そこで、静岡県警が、同年一一月五日及び同月七日の二回にわたって、三岡司法書士から再度事情聴取をしたところ、同司法書士は、「原告から、漆畑保を登記権利者とする根抵当権の抹消登記手続を依頼されたことがあり、その手続のために、男二人が事務所に来た記憶があるが、金銭の受渡しは私の事務所では行われなかったと思う。」と供述したため、同県警は、後の供述の方が他の関係証拠に照らして真実に合っていると判断し、最初の供述である三岡第一回調書を検察庁に送付しなかったものである(なお、同県警は、同調書を破棄していないし、三岡司法書士から二回目の供述調書を作成する際、同人に対し、一回目の調書を破棄した旨告げたこともなく、「前回の供述調書は不要になったので、没にする。」という趣旨のことを告げたものである。)。

従って、被告らが、三岡司法書士に対して違法な供述工作をしたことはないし、同司法書士の三岡第一回調書を検察庁に送付しなかったことも何ら違法ではない。

(三) 被告らは、暴力団関係者である甲野の虚偽供述を利用して、本件業務上横領容疑を捏造し、原告を横領犯人と断定するような捜査活動を行ったか。

(原告の主張)

被告らは、捜査等にあたり、暴力団関係者が虚偽の供述によって自己の刑事責任を他人に転嫁するのを排除すべき特段の注意義務があるのに、これに違反し、当時広域暴力団丁原幹部であった甲野が、「原告の依頼で大石及び小長谷名義の領収証二通金額合計六五〇万円を偽造し、これを漆畑保に交付した。原告は、右六五〇万円と右大石に弁済した一五〇万円との差額五〇〇万円を、原告分四五〇万円、甲野分五〇万円に分配し、着服した。」旨虚偽の供述をしているのを奇貨として、右甲野の供述の真偽を敢えて正すことなく、指紋・筆跡等の鑑定により右各領収証の偽造者を割り出し確定すること等もしないまま、虚偽の証拠に基づいて、原告をことさらに横領犯人とすべく、違法な捜査活動を行った。

(被告らの反論)

被告らは、甲野が当時広域暴力団丁原幹部であったか否かは知らないし、甲野の原告主張になる供述が、本件根抵当権等の抹消登記手続に関係した者ら(大石、中沢、渡辺ら)の供述、登記簿謄本・登記申請の添付書類等からうかがい知ることができる右根抵当権抹消の処理経過や具体的処理状況と整合していたため右供述の内容を真実と信じたものである。従って、被告らは、虚偽の証拠に基づいて、原告をことさらに横領犯人とすべく、違法な捜査活動を行った事実はない。 (四) 被告らは、本件捜査活動において原告に弁明、反証提出の機会を与えず原告の防御権を不当に侵害したか。

(原告の主張)

被告らは、昭和五七年一〇月七日漆畑保を不当に誘導して告訴を申し立てさせた上、これに基づき原告を被告訴人として取り調べた際、原告に対し、前記二通の領収証が偽造されている事実、原告と右各領収証の偽造関係及び右偽造の共犯関係が甲野の供述によって明らかである旨を告知しただけで、原告の切実な申出にもかかわらず、原告の防御が可能な程度の被疑事実の告知をなさず、原告に十分な弁明、反証提出の機会を与えないまま取調べを打ち切り、原告の防御権を不当に侵害したものである。

(被告の反論)

原告の取調べは、昭和五七年一〇月二九日から同年一一月四日の間に合計五回にわたって行われているところ、その取調べにあたった静岡県警の捜査官は、当初から原告に対し告訴状記載の告訴事実を読み聞かせ、更に原告の希望を容れてその内容を書き写させたうえで取調べを開始している。原告は、昭和五七年一一月四日の取調べにあたって、「この告訴事実では大切なところははっきりしないし、証拠資料も預金証書のコピーと監査証明書の二点しか付けられておらず、対応のしようがない。」と異議を述べているが、告訴状記載の事実によって容疑事実が特定できるうえ、捜査側が手持ちの証拠資料を被疑者に開示する必要はない。まして原告は経験豊かな弁護士であるから、右告訴状記載の事実から自分に対する容疑を認識して有効な防御活動を行うことは充分可能であったといえる。

また、原告に対する捜査については強制捜査ではなく、任意捜査の方法がとられたのであるから、原告には、防御のために必要な事実の確認や資料の収集を行うために充分な時間と活動の自由が与えられていた。

以上によれば、静岡県警が、原告の取調べにあたって、原告の防御権を不当に侵害した事実はない。

(五) 被告らは、虚偽の本件業務上横領被疑事件を捏造し、原告の犯行と断定して検察官に事件を送付したか。

(原告の主張)

原告が、既に主張として述べたところを総合すれば、被告らが、原告について虚偽の本件業務上横領被疑事件を捏造し、原告の犯行と断定して、事件を検察官に送付した違法があることは明らかである。

4 争点4について

(原告の主張)

原告は、社会的信用を職業上の生命とする弁護士であり、また、公選による公務員の立候補を予定した政党員として、更に一市民として、被告らの故意又は重大な過失による前記共同不法行為により被疑者として扱われ、名誉を毀損され、信用を失墜し、弁護活動及び政治活動に重大な支障を生じ、家庭生活及び精神生活においても甚大な打撃を蒙り苦悶の日々である。原告のこの損害を慰謝するには一億円が相当であり、かつ、その名誉を回復する措置として被告県は別紙のとおり謝罪広告等をすべきである。

第三  当裁判所の判断

一  争点に対する判断の前提となる事実

当事者間に争いのない事実、《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。 1 本件告訴に至るまでの捜査状況等

(一) 静岡県警は、渡辺を被疑者とする業務上横領事件に関し、昭和五七年一月一三日、漆畑文男からスクラップブック二冊の任意提出を受け、これを領置したところ、その中に、小長谷豪作成名義の昭和五二年一二月一三日付漆畑保宛の領収証(金額二五〇万円、「但し、漆畑保に関する一切の債権分として」以下「小長谷作成名義の領収証」という。)一枚があり、また、右スクラップブックの中には、原告が漆畑保から金銭を預かり保管するために開設した静岡銀行本店の普通預金口座(小長井良浩名義、口座番号《略》)の通帳の写しも入っていたところ、この通帳には、昭和五二年一二月一三日に一三〇〇万円が出金され、更に、同日六五〇万円を入金した旨記帳されていた。

他方、公認会計士香村正雄作成の監査証明書(原告が漆畑保から受任した負債整理並びに財産の処分等に伴う金銭の出納について監査した結果を証明した文書)によれば、大石、小長谷関係の解決金として、原告が漆畑保から預かった保管金から六五〇万円が支出されたこととされている。

(二) 静岡県警は、前記業務上横領事件に関し、昭和五七年四月九日、大石から事情を聴取したが、その際の大石の供述要旨は次のとおりである。

大石は、大塚に対して有していた約七三〇万円の債権の担保として、昭和五二年三月三〇日付けで漆畑保から同人所有の土地建物に根抵当権(極度額一五〇〇万円)の設定を受け、その旨登記手続を経由した。

その後、清水市内の「金融屋」の中沢という男ともう一人知らない男が大石方を訪ね、一三〇万円位で右根抵当権設定登記を抹消するよう求めてきた。そこで、大石はこの求めに応じ、昭和五二年の一〇月か一一月ころ、中島屋のロビーで一三〇万円位受け取り、これと引き換えに右根抵当権設定登記の抹消登記手続に必要な書類等を中沢に渡した。

(三) 更に、静岡県警は、同年五月一八日、漆畑文男から、大石幸男作成名義の昭和五二年一二月一三日付け、漆畑保宛領収証(金額四〇〇万円、但し、漆畑保に関する一切の債権分。以下「大石作成名義の領収証」という。)一枚の任意提出を受け、これを領置した。その上で静岡県警は、同年七月三〇日、大石から再度事情を聴取するとともに、同年八月一八日、小長谷からも事情を聴取し、次のような供述を得た。

(1) 大石の供述要旨

<1> 漆畑保の土地建物につき前記根抵当権設定登記を受けるのと同時に、大石が代表取締役をしている大幸商事株式会社(以下「大幸商事」という。)の元従業員である小長谷を権利者とする停止条件付賃借権仮登記をした。その後、昭和五二年六月ころ、右登記及び仮登記の各抹消について甲野及び中沢らの求めに応じて同人らと交渉したが合意に至らず、更に、同年一二月初旬ころ、甲野と交渉した結果、一三〇万円から一五〇万円位の支払を受けて右登記及び仮登記を抹消する旨の合意が成立し、その取引は、同月中旬ころ、中島屋のロビーにおいて甲野及び中沢同席で行われ、甲野から一三〇万円位を受け取り、引き換えに領収書や抹消登記手続に必要な書類等を甲野に渡した。

<2> 大石作成名義の領収証は、自分が書いたものではないし、右記載になる四〇〇万円を受け取ったこともない。私は、領収証を発行する場合には必ず判を押すことにしており、この領収証のように指印を押すことはない。また、右領収書に記載されている私の住所の記載も不完全である。

<3> 小長谷作成名義の領収証に見覚えはない。小長谷は大幸商事で使っていた従業員であるが、右領収書の日付のころには行方不明であり、同人が右領収書を書いたはずはないし、また、小長谷には、漆畑保から金を受け取る権利もなかった。

(2) 小長谷の供述要旨

<1> 昭和五二年八月ころまで大幸商事に勤務しており、(前記)停止条件付賃借権仮登記は、大石から頼まれて名前だけ貸したものである。大幸商事を辞めてから家を出ており、大幸商事に行ったことはなく、自宅にも戻っていないので、右仮登記の抹消登記手続(同年一二月一六日付け)は知らないうちになされたものである。

<2> 小長谷作成名義の領収証は自分が書いたものではなく、何者かによって偽造されたものである。右記載になる二五〇万円を漆畑保から受け取ったことはないし、受け取る権利もない。

(四) 静岡県警は、甲野及び同人の内妻丙川花子、中沢、渡辺からそれぞれ事情を聴取し、次のような供述を得た。

(1) 甲野の供述要旨

(甲野については、昭和五七年八月一七日、同年九月一日、同月七日の三回にわたって供述が録取された。)

<1> 昭和五二年四月ころ、渡辺から漆畑保の負債整理を依頼され、大石ら債権者と交渉にあたっていたが、同年一一月中旬ころ、原告が、漆畑保から負債整理を受任し、以後原告がこれにあたることになった。そして、同月下旬ころ、原告から、大石と交渉して二〇〇万円以内で同人の根抵当権設定登記を抹消してもらうよう依頼され、二〇〇万円以下で大石と話をつけ、差額を自分の取り分にしようと考えて大石と交渉し、一五〇万円で根抵当権設定登記の抹消に応じる旨の約束をとりつけた。

そこで、原告に対し、その旨報告したところ、原告から大石への右解決金二〇〇万円を渡すが、この件についての領収証として金額二五〇万円(小長谷作成名義)と金額四〇〇万円(大石作成名義)の領収証各一通を作成して欲しいと依頼され、これに応じた。右領収証のうち、金額四〇〇万円のものは内妻の丙川花子に書かせたが、金額二五〇万円のものは誰に書かせたかは覚えていない。

<2> 同年一二月中旬ころ、渡辺及び中沢とともに原告の法律事務所へ行き、そこで原告から大石分の解決金として二〇〇万円を受け取りその足で中島屋へ行き大石に右二〇〇万円から五〇万円を差し引いた一五〇万円を渡し、その旨の領収書を受け取った後、大石と静岡市内の代書屋へ行き、大石の根抵当権設定登記の抹消登記手続を依頼した。

(2) 丙川花子の供述要旨

(丙川花子については、昭和五二年八月一七日に供述が録取された。)

昭和五二年一二月ころ、甲野から「小長井弁護士が何かいろいろ使いたいというので、花子の字で領収証を書いてくれないか。」と頼まれ、甲野に言われたとおりに、大石作成名義の領収証を書いた。右領収証の大石名下に押されている拇印は、私が右の親指で押したことを覚えている。

(3) 中沢の供述要旨

(中沢については、昭和五二年九月九日に供述が録取された。)

<1> 昭和五二年四月ころ、静岡プレスの大塚に対し二六六七万円の手形貸付をしたが、静岡プレスが倒産し、大塚が逃げてしまったため、連帯保証人である漆畑保に対し右貸付金の請求をし、内金五〇〇万円の返済を受け、残金については、漆畑保に依頼された渡辺や甲野らと交渉し、同年六月ころ、漆畑保所有の(茶畑)で代物弁済を受けることになった。

<2> その後、同年一一月中旬ころ、原告に呼ばれ、甲野と一緒に原告の法律事務所に行った際、原告から、「静岡プレスのあった土地、建物については、中駿商工業協同組合が競売申立をしているが、競売をさせずに、任意売却したい。そこで、右土地、建物に根抵当権や賃借権を付けている大石、金村については、甲野とともに交渉して右根抵当権等を抜かせるようにしてもらいたい。」旨依頼された。そこで、金村と交渉したが失敗に終わった。

一方の大石の件については、原告から、「二〇〇万円位の枠の中で話をつけて欲しい。」と言われ、甲野もこれを承知したが、右の趣旨は、二〇〇万円位の枠内で大石と交渉し、甲野の交渉力によってこれよりも少ない金額で大石との話がまとまれば、その差額は、手数料として取ってもよいというものと解釈した。そして、同年一二月中旬ころ、中島屋で大石と会った記憶があり、この時、自分も含め、甲野、大石及び同人が連れてきた男らが右ホテル一階のロビーで話をしたが、甲野は、大石との交渉の結果、原告からその日に受け取り持参してきた二〇〇万円位の中から一五〇万円位を大石に渡し、本件根抵当権等の抹消登記手続に必要な書類を受け取った。右交渉に同席しただけであったが、甲野から一〇万ないし二〇万円をもらった記憶がある。

(4) 渡辺の供述要旨

(渡辺については、昭和五七年七月五日及び同年九月一六日に供述が録取された。)

<1> 昭和五二年四月、連帯保証債務の支払に困った漆畑保から依頼されて同人の負債整理をすることになり、甲野にも同人の負債整理を依頼した。

<2> その後、漆畑保の債務の返済に充てるため、同人所有の土地を売却したが、自分の経営していた渡建材の営業資金が不足したため、右土地売却代金を流用し、横領した。そして、これが発覚して漆畑保の負債整理を受注していた原告から横領金の返済を求められ、昭和五二年一二月一日ころ、弁償金の一部として五〇〇万円を原告に支払い、更に、同月六日ころ、残金につき額面合計四七〇〇万円の約束手形を振出して同年一二月末日から昭和五七年一二月末日まで右約束手形を決済する方法により返済する計画を立て原告の了解を得た。

<3> 昭和五二年一二月一三日、原告の法律事務所において、右合意に基づく約束手形一〇通を原告に交付したが、その後、甲野、中沢と一緒に右事務所の別室にいたとき、原告が「これを大石に渡して下さい」というようなことを言って甲野に白っぽい封筒を渡した。そのまま右事務所を辞して、甲野と中沢を自分の車に乗せて中島屋へ向かったが、その途中、助手席の甲野が原告から受け取った封筒の中身を数えているのを見たところ、一〇〇万円の束が二束あったように思えた。そして、右ホテルに着くと、既に大石が来ており、甲野が大石に一〇〇万円の束一束と別に五〇万円位を渡した。大石は、金を受け取ると、薄青っぽい領収証の用紙を出して金額一五〇万円の領収証を書き、三文判のような判を押していた。

(五) 静岡県警は、昭和五七年九月七日、甲野らの依頼により本件根抵当権設定等の抹消登記手続を申請した三岡司法書士から事情を聴取し、三岡第一調書を作成した。

(なお、被告静岡県は、本件訴訟において、右供述調書として乙五三号証を提出しているが、原告は、真正な三岡第一回調書は既に破棄されており、右号証は後日作成された偽造文書である旨主張している。)

(1) 乙五三号証の要旨

昭和五二年一二月ころ、漆畑保他一名所有の土地建物につき、大石のために設定された根抵当権設定登記の抹消登記手続一件(登記権利者は漆畑保及び大塚、登記義務者は大石。)及び小長谷を賃借人として設定された停止条件付賃借権設定登記の抹消登記手続二件(登記権利者は、一件については漆畑保、他の一件については大塚。登記義務者はいずれも小長谷。)を処理した。

この件に関し、原告から大石への金の受け渡しの仲介を頼まれ、同月一五日ころ、私の事務所で金の受け渡しがあった。最初、背広を着たキチッとした姿の男が来て、しばらくして背の高い男が来たと思う。背の高い男の方が金を受け取る側だった。金は原告の方で預かっているということだったが、銀行からおろす都合か何かで届くのが遅くなったようで、一時間以上待たされた背の高い男は、あちこちに電話したりして、多少いらいらしていたという記憶がある。お昼近くになって、ようやく、原告の事務所の人だと思うが、お金を届けてくれた。金額の点については、よく覚えていないが、五〇〇万、一〇〇〇万といった大金ではなく、せいぜい一〇〇万か二〇〇万円位だったのではないかと思う。その金を、私が直接背の高い男に渡したのか、あるいはもう一人の背広の男に渡し、そこから背の高い男の方に渡ったのかは、はっきりしないが、背の高い男に金を渡して領収書を書かせ、それを原告の事務所の人か背広の男に渡した。そして、前記各抹消登記手続に必要な書類は、登記義務者側の書類は背の高い男から、登記権利者側の書類は原告から受け取っていると思う。

(2) 本件捜査における三岡第一回調書の取扱い等について

静岡県警は、本件の書類送検にあたり、三岡第一回調書を静岡地検に送付しなかった(この点については当事者間に争いがない。)。この点に関し、静岡県警の大石巡査部長は、昭和五八年一月二八日付け捜査報告書(なお、同報告書中、「昭和五七年九月六日」とあるのは、「昭和五七年九月七日」の誤記であると認められる。)において、昭和五七年九月七日に行われた三岡司法書士に対する第一回目の取調べの際には、金の受け渡しについて、同司法書士の記憶が判然としなかったため、三岡第一回調書を一時留保していたが、その後、同年一一月七日に行われた取調べの際に、同司法書士の記憶に基づく部分がはっきりしてきた内容の供述調書が作成できたことから、この調書を採用し、三岡第一回調書を反故にすることにした旨説明している。

また、三岡司法書士については、後記のとおり、昭和五七年一一月五日に第二回目の取調べが、同月七日には第三回目の取調べが、それぞれ行われているところ、同司法書士は、第二回目の取調べの際に、大石巡査部長から、三岡第一回調書は破棄した旨告げられた。

(3) 本件訴訟において乙五三号証が提出されるまでの経緯

原告は、本件訴訟において、被告静岡県が三岡第一回調書を証拠として提出しなかったため、同調書について文書提出命令を申し立て(当庁昭和六一年(モ)第二〇八号)、当裁判所は、昭和六二年一月一九日右被告に対し右調書の提出を命ずる旨の決定をした。これに対し、右被告は即時抗告をした(東京高等裁判所昭和六二年(ラ)第八二号)が、東京高等裁判所は、同年七月一七日これを棄却する旨の決定をした。しかしながら、その後も右調書は証拠として提出されないまま、本件訴訟は進行したが、被告静岡県は、平成九年二月二〇日、三岡第一回調書として乙五三号証を提出するに至った。

(4) 乙五三号証の真否についての判断

乙五三号証は、被告らが、静岡県警の大石巡査部長作成に係る三岡司法書士の昭和五七年九月七日付け供述調書(三岡第一回調書)として提出したもので、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきであるから、真正に成立した公文書と推定される(民事訴訟法二二八条二項)。

これに対し、原告は、<1>三岡司法書士が、第二回目の取調べの際に、大石巡査部長から三岡第一回調書は破棄した旨告げられたこと、<2>同巡査部長作成の捜査報告書には、三岡第一回調書を反故にすることにしたとの記載があること、<3>乙五三号証の作成日付は、当初、右捜査報告書中に記載されている同号証の作成日付と同様に、「昭和五七年九月六日」と記載されていたが、その後、「昭和五七年九月七日」に訂正されていること等に照らすと、真正な三岡第一回調書は既に破棄されており、乙五三号証は後日作成された偽造文書であるとして、反証を展開している。

確かに、右<1>及び<2>の事実に照らすと、真正な三岡第一回調書が破棄されたのではないかとの疑念が生じるのも無理からぬところであり、かつ、静岡県警は、大石分の解決金授受の状況についての甲野の供述と矛盾する内容の三岡第一回調書を本件書類送検の際に検察庁に送付せず、本件訴訟においても、同人の他の二通の供述調書は書証として提出しておきながら、三岡第一回調書については、前記のとおり、文書提出命令が出された後においても、頑なにその提出を拒み続け、右命令から約一〇年を経てようやく乙五三号証を提出した被告静岡県の不誠実な態度は著しく信義則に反し、かつ裁判所に対する背信行為でもあり、強く非難されなければならない。

しかしながら、乙五三号証末尾の「三岡賢吉」という署名及びその名下の印影と、三岡第二回及び第三回調書(これらが真正に成立したものであることは当事者間に争いがない。)各末尾のそれとを比較対照したところによれば、署名はいずれも同一人の筆跡であることが認められ、その名下の印影も同一のものであると認められるので、《証拠略》中、三岡司法書士の署名押印は真正なものであると推認できること等に照らすと、大石巡査部長の前記言動は、被告らが、三岡第一回調書の内容が甲野の供述と矛盾していたため、三岡司法書士に対し、甲野の供述に整合する方向での供述の変更を求めるための偽計であった可能性があり、前記捜査報告書中の「反故」という文言や三岡第一回調書の作成日付が訂正されていたことをもって、同調書が破棄されたものと断定することはできず、原告が展開した反証をもってしても、右推定を覆すには足りないというべきである。

(六) 岡村事務員に対する事情聴取

静岡県警は、平成五年九月二八日、岡村事務員から、本件業務上横領被疑事件について事情聴取した(なお、右事情聴取については、供述調書は作成されていない。)。

(七) 本件告訴

昭和五七年一〇月七日、漆畑保は、静岡県警に対し、昭和五二年一二月一三日ころ、原告が、漆畑保から預かり保管中の負債整理等の資金一三〇〇万円のうち四五〇万円を着服して横領した旨の業務上横領容疑で原告を告訴した。

2 本件告訴後書類送検に至るまでの捜査状況等

(一) 原告に対する取調べ

静岡県警は、昭和五七年一〇月二九日、同月三一日、同年一一月二日ないし四日の五日間にわたって原告を取り調べ、合計七通の供述調書を作成した。このうち、同年一一月三日付け及び同月四日付け供述調書において、原告は、昭和五二年一二月に行われた大石関係の根抵当権設定登記等の抹消等に関する処理について詳細に供述しているところ、その要旨は次のとおりである。

(1) 昭和五二年一一月三日付け供述調書の要旨

<1> 大石、小長谷関係の根抵当権設定登記等の抹消に関する交渉は甲野に依頼し、携わらせた。この処理は、同年一二月二日の解決案、同月九日の最終解決案に基づき、段取り通りの処理に甲野を携わらせたものであるが、その内容は、解決金六五〇万円を支払うことによって、大石、小長谷関係については、漆畑の土地に設定されている根抵当権設定登記等を抹消し、大石関係の一切の債権について解決するというものであり、右処理の場所は、私が指定した三岡司法書士事務所で行う段取りとし、その旨関係者間で確認した。

<2> 当日の一二月一三日ころ、右段取りに従って、漆畑保の名代である漆畑文男、親戚の代表である杉山、地元の代表である石井の三名に当日の事務処理に立ち会ってもらうため後援会事務所に来てもらった。しかし、記憶では、漆畑文男は交通事故のため行動できなくなったように思う。なお、杉山と石井には、大石、小長谷関係だけでなく、金村関係の債務処理にも立ち会うことを依頼してあった。右同日、午前一〇時からの法廷の前に、私の自宅に併設されている後援会事務所において杉山と石井に対し、段取りどおりに処理するよう説明した。右段取りによれば、杉山と石井が、原告名義の静岡銀行本店の口座から一三〇〇万円(使途は、大石、小長谷関係が六五〇万円、金村関係が六五〇万円)を引き出し、原告の後援会事務所まで来て、その後、三岡司法書士からの連絡を受けて、同司法書士の事務所に右一三〇〇万円を持参し、右司法書士立会いのもとに右処理が行われることになっていた。そして、その日のうちに、大石、小長谷関係については処理が済んだということと金村関係については処理ができなかったため六五〇万円を銀行に戻し入れたという報告を受けた(戻し入れの処理は私が指示し、即日杉山、石井がやってくれたものと思う。)。

<3> 大石作成名義の領収証及び小長谷作成名義の領収証は、大石、小長谷関係の債務処理について取り扱ったものに間違いない。

私が、当日、右各領収証を受け取った時には、既に三岡司法書士より大石、小長谷関係の抹消登記手続の事務が完了したという報告を受けているので右両名の関係は右各領収証によって処理されたものと信じていた。

(2) 昭和五七年一一月四日付け供述調書の要旨

<1> 原告は甲野に対し、昭和五二年一二月一三日に行われる債務処理につきその前日までに、大石及び金村との間で合意に達した場合には、同人らとともに三岡司法書士事務所へ行き、根抵当権等の抹消登記手続に必要な書類の確認を受け、同司法書士から右書類の確認が完了した旨原告の後援会事務所に連絡が入った後に杉山、石井及び漆畑文男の三名が三岡司法書士事務所へ行き、大石、小長谷関係の解決金六五〇万円を領収証と引き換えに大石に支払うという段取りであることを説明してあった。

<2> 昭和五二年一二月一三日の私の行動は、当時の記録と私の記憶によれば、次のとおりである。

午前一〇時からの法廷に向かう前、後援会事務所において、漆畑文男、杉山、石井らに静岡銀行本店の私名義の普通預金から一三〇〇万円を引き出して事務所で待機するよう指示し、これに必要な通帳と印鑑を右三名に預けた。その後、午前一〇時から静岡地方裁判所民事部で行われる損害賠償請求訴訟の法廷に出かけ、午前一〇時四五分ころ、原告の法律事務所に戻った。午後〇時半ころ、渡辺が来所し、同人の横領金の弁償として自己振出しの約束手形を持参したので、これを受領した。その後、午後一時二〇分ころ、法律事務所を出て、静岡家庭裁判所へ行き離婚調停事件に立ち会った後、午後四時二〇分ころ、法律事務所に戻った。午後五時少し前ころ、甲野が来所し、当日の経過について、大石、小長谷関係については解決がついたが、金村については解決がつかなかった旨の報告を受けたが、その際、甲野が、「大石は来て、小長谷は来なかったが、充分確認してあり、登記も抹消したので間違いない。」旨報告したので、その点については特に念を押した。この間に、原告の後援会事務所に待機していた杉山は、待ちきれずに、大石、小長谷関係の領収証を職員に託して帰ってしまった。

<3> 昭和五二年一二月一三日に静岡銀行本店の原告名義の普通預金口座から引き出された一三〇〇万円を直接受け取った事実はない。右一三〇〇万円の出金は、私が指示をして、石井と杉山が処理をしたもので六五〇万円の右口座への入金は、金村の解決ができないというので当日のうちに私の指示で戻し入れられたものである。したがって、甲野に対し、大石、金村に対する債務処理のための解決金を直接渡したことは一度もなく、原告の法律事務所において、甲野に対し二〇〇万円を渡したことはない。

<4> 大石作成名義の領収証と小長谷作成名義の領収証は、甲野から受け取ったのではなく、事務所の職員から受け取った。

(前記のとおり)当日は、杉山、石井及び漆畑文男の三名が三岡司法書士事務所へ行き、大石、小長谷関係の解決金六五〇万円を領収証と引き換えに大石に支払うという段取りの処理がなされたものであり、甲野は金銭の授受に携わる立場になかった。甲野に対し、右各領収証を作成するよう依頼したことはない。

(二) 石井及び杉山に対する取調べ

静岡県警は、大石関係の債務処理に関与した杉山及び石井に対する取調を行い、次のような供述を得た。

(1) 石井の供述要旨

昭和五二年一二月一三日ころの午前八時半か九時ころ、杉山と共に漆畑文男の運転する車で、静岡市土太夫町にある原告の自宅内にある後援会事務所に行ったところ、原告から、「漆畑保の大石、金村に対する債務関係の決済を今日の午後四時ころするので、そちらに行ってもらいたいが、それについては、銀行から一三〇〇万円を引き出して欲しい。」と依頼されたため杉山と一緒に静岡銀行本店に行き、原告から預かった預金通帳と印鑑を用いて一三〇〇万円を引き出して、これを右事務所の事務員に渡して午前一〇時半ころタクシーで帰宅した。その日の午後四時ころ、タクシーで再び原告の後援会事務所に行ったところ原告はおらず、「お願いした件はもう済んだので結構です。」と事務員に言われた。その四、五日後、原告から、「大石、金村の件の金は他の人に頼んで持っていってもらった。大石の方は解決したが、金村の方はまだ解決していない。」と言われた。 (2) 杉山の供述要旨

昭和五二年一二月中旬に原告の後援会事務所に行ったところ事務所に石井がいた。このとき原告から、漆畑保の債務の支払に充てる金を静岡銀行から引き出すので秘書と一緒に行って欲しい旨依頼され、原告の秘書及び石井と一緒に静岡銀行本店に行った。時間は午前中であったと思う。引き出した金額は思い出せないが、普通預金払戻請求書(昭和五二年一二月一三日付。金額一三〇〇万円)に書いている「小長井良浩」という名前と、「五二年一二月一三日」、「一三、〇〇〇、〇〇〇」という数字は私が書いたものである。これは、原告から言われたとおりを書いたように思う。口座番号の欄の数字は私の字ではない。銀行の窓口には、秘書が行ったが、秘書が受け取った札束を見た覚えはない。その後、三人で原告の後援会事務所に戻ってからすぐに帰宅した。

(三) 大石に対する取調べ

静岡県警は、昭和五七年一一月六日、大石を取り調べ、同日付け供述調書を作成したが、その要旨は次のとおりである。

漆畑保名義の土地建物等につけていた私名義の根抵当権設定登記及び小長谷名義の停止条件付賃借権仮登記を抹消するにあたり、昭和五二年一二月中旬ころ、中島屋のロビーにおいて、甲野から現金一三〇万円位を受け取り、これと引き換えに右各登記の抹消に必要な書類を渡した。時間ははっきりとは覚えていないがまだ明るいうちで午後のことだったと思う。中島屋へ行った前後に三岡司法書士事務所に行った覚えはないが、同司法書士やその妻は知り会いではないし、私の顔などには特徴があるので、私が事務所に来たと同司法書士の妻が述べているのであれば、同司法書士の事務所へ行ったと思う。同事務所で、前記各登記の抹消に関し、甲野又は原告等から現金を受け取ったことは絶対にない。右事務所で金の受渡しをするという事前の打ち合わせがあったか否かという点については記憶がはっきりせず分からない。

(四) 三岡司法書士に対する取調べ

静岡県警は、昭和五七年一一月五日及び同月七日に三岡司法書士を取り調べ、それぞれ供述調書を作成した(以下一一月五日付け供述調書を「三岡第二回調書」、同月七日付供述調書を「三岡第三回調書」という。)。その要旨は次のとおりである。

(1) 三岡第二回調書要旨

<1> 三岡司法書士は、当初、次のような供述をした(右調書一ないし七項)。

昭和五二年の一二月に、漆畑保らが権利者である抹消登記手続を取り扱ったが、それが一二月の一三日か一五日かということは、当時の記録が所在不明であることから、はっきりしたことは言えない。この件については、原告から、「女の子が金を持って行くから頼む。」と言われ、私の事務所で金の受け渡しを行うことを頼まれた。当日は、午前中(午前一〇時か一一時ころ)であったと思うが、男二人が来て私の事務所で金が来るのを待っていたが、金はなかなか来ず、待っていた男もいらいらしはじめ電話をあちこちかけたりして私自身も非常に困った記憶がある。そして、ようやく金が届いたので、それを一旦は私が受け取り、待っていた男二人のうちの一人(大石だと思う。)に私から直接渡したか、もう一人の男を介したかは覚えていないが金を渡した。金額は三〇〇万、四〇〇万といった大金ではなく、せいぜい一〇〇万だったと思う。原告から「女の子が金を持って行く。」という話があったので、金を持ってきたのは、原告の事務所の女性事務員だと思うが、今考えるとはっきりしない。男性二、三人で金を持ってきたという記憶はない。

<2> その後、三岡司法書士は、「お金の受渡しについて、大石らは、この事務所(三岡司法書士の事務所)ではなかったと申し立てていますが、どうですか。」という取調官(大石巡査部長)の問に対し、次のような供述をした。

私の記憶では、原告から依頼されたことで、男がふたり私の事務所に来て、約束の時間になっても金が届かないことでかなりいらいらし、私自身も、男をなだめたりし、大変困った記憶がある。また、原告から、「金を持っていくから渡してもらいたい。」と言われた記憶もある。そんなことから、私としては、このとき金の受渡しがされたと思っているが、これも確かなことではない。原告は、原告の事務所の女性事務員に金を持たせる旨言っていた記憶があるが、今考えると、そのとき誰から金を受け取ったか思い出せない。金を原告の事務所の女性事務員から受け取ったという記憶はない。そんなことから、問いただされると、その日は、金の受渡しはなかったのかもしれないが、その反面、私の事務所に来ていた男たちがあれだけ金を待っていらついていたのに金の受渡しがなくて抹消登記手続に必要な書類だけを置いていってしまうことがあるのだろうかという不審な点とあって分からなくなるのが実情である。

(2) 三岡第三回調書要旨

原告からの依頼により大石の根抵当権設定登記の抹消登記手続一件及び小長谷の停止条件付賃借権設定登記の抹消登記手続二件を取扱い、昭和五二年一二月一九日に右各抹消登記手続を申請した。原告からの依頼の際、原告から、「お金は女事務員にでも届けさせるから、お金の受渡しもやってもらいたい。」旨言われた覚えがあるが、金額については全く記憶がない。原告から最初に右依頼があったのは、登記申請書の原因欄の日付(昭和五二年一二月一五日)の二、三日前と思われる。初め、背広姿の紳士風の人が来て、次に背の高いやせ形のヤクザタイプの人(大石)が私の事務所に来た。二人は応接セットのあるところで待っていたが、三〇分たっても一時間たっても原告の事務所から金が届かなかったため二人はしびれを切らし、口論になってしまったので、私も放っておくわけにいかず、原告の法律事務所と後援会事務所の両方に「お客さんが待っているから、お金を早く届けて欲しい。」という催促の電話を都合三回位した。その後、原告の事務所から金が届けられたか、届けられたとすればどんな人から受け取ったのか、私が、二人のうちのどちらに幾らくらいの金を渡したのかといったこと等が思い出せない。私の記憶は、原告から、抹消登記の手続と金の受け渡しという二つの用件の依頼を受けたということが強く、その先入観からかお金は私が二人のうちのどちらかに渡したとも思われ確かなことがわからないので当日近くで事務を執っていた妻に聞いてみたところこのときはお金の受渡しは中止になったと思うとの返事であった。私は、これを聞き、真実私が金の受渡しを仲介したとすれば、領収証を取っておき、これを原告に渡す義務があるのにそのようなことはしないので、金の受渡しはなかったように思われる。

(五) 三岡玉枝に対する取調べ

静岡県警は、昭和五七年一一月八日、三岡司法書士の妻であり、同事務所の事務員をしていた三岡玉枝を取り調べたところ、三岡司法書士が原告から依頼された前記各抹消登記手続に伴う金の受渡しの仲介の件について、二人の男が同司法書士の事務所に来たが、原告の事務所から金が届かず、結局この日の金の受渡しは行われず右抹消登記手続に必要な書類も作成されなかったように思われる旨供述した。

3 本件広報活動

(一) 本件広報活動の内容

《証拠略》によれば、静岡県警は昭和五七年一一月一三日午後二時ころから、記者クラブにおいて本件広報活動(記者会見)を開始し、当初、告訴事実と書類送検の事実のみを公表し、本件容疑についての警察の見解は公表しない予定であったが、報道関係から本件容疑についての警察の見解を明らかにするよう強く求められたため、一旦記者会見を打ち切って幹部間で協議した後、同日午後三時ころ、原告の本件容疑を認めて書類送検した旨発表したことが認められる。

(二) 本件広報活動に先立つ静岡県警から静岡新聞社に対する情報提供の有無

本件書類送検については静岡新聞の昭和五七年一一月一三日付け夕刊において報道されている(争いがない。)ところ、前記本件広報活動の時間的経過と一般に合理的に推認しうる新聞の夕刊に掲載される記事の締切時間等に照らし考慮すると、静岡新聞社では本件広報活動が開始されるより前に本件書類送検について知らなければ、右夕刊への掲載は間に合わないものと認められ(現に、右新聞以外の新聞は右広報活動の翌日の朝刊に記事を掲載していることは前記のとおりである。)、他方、本件書類送検の事実が事前に静岡県警関係者以外の者から外部に伝わることは一般にあり得ないことである。そうすると、右書類送検の事実は、本件広報活動以前に、静岡県警関係者から静岡新聞関係者に何らかの形で伝わっていたものと推認されるというべきである。

二  争点に対する判断

1 争点1について

本件広報活動は、静岡県警が弁護士であり、かつ、衆議院議員選挙に立候補することを予定して政治活動を行っていた原告の本件業務上横領容疑を認め右犯罪の被疑者として書類送検したことを報道機関を通じて公表したというものであるから、右広報活動が原告の社会的評価を低下させ、その名誉及び信用を毀損するものであることは明らかである。

2 争点2について

(一) 静岡県警が公表した事実の公共性及び目的の公益性

前記のとおり静岡県警が公表した事実の内容は、弁護士であり、かつ衆議院議員選挙への立候補を予定して政治活動を行っていた原告を被疑者とする業務上横領事件を検察官に送付したこと等であることからみて公共の利害に関するものであることが明らかであり、しかも、弁論の全趣旨によれば、本件広報活動は、一般国民の防犯上の注意を喚起するほか、同種犯罪の防止、発見、被害申告等を促進する目的で行われたものと認められ、公共の利害に関する事実について、専ら公益を図る目的をもって行われたというべきである。

原告は、本件広報活動は、ことさらに虚偽の犯罪容疑を捏造して原告の弁護士業務が政治活動を妨害する目的で行われたもので、公益を図る目的でなされたものではない旨主張するが、本件全証拠によっても右のような事情は認めることはできない。

(二) 相当性の有無

(1) 捜査機関が特定人の犯罪容疑について公表した場合において、当該犯罪容疑を真実と信じるについて相当な理由があるといえるためには、捜査機関が、その時点までに尽くすべきであった捜査を全て尽くし、収集すべき証拠は全て収集した上で、それら証拠の合理的な評価に基づけば当該時点において当該犯罪容疑を認定することに十分な合理性があったと認められるものでなければならず、たとえ捜査機関が当該公表事実を真実であると信じていたとしても、その時点までに尽くすべきであった捜査を尽くさず、あるいは、当該犯罪容疑についての消極的な証拠等を無視ないし軽視するなど、証拠評価を誤って当該犯罪容疑を認定した場合には、右「相当な理由」は認められないものというべきである。

(2) 前記一で認定した事実に、《証拠略》を総合すれば、被告らが本件広報活動において公表した内容(原告の本件業務上横領容疑)を真実と信じた理由は次のとおりであると認められる。

<1> 原告が漆畑保から金銭を預かり保管するために開設した静岡銀行本店の普通預金口座(原告名義)の通帳の写し及び前記監査証明書によれば、昭和五二年一二月一三日に右口座から出金された一三〇〇万円のうち六五〇万円が大石への債務弁済及び根抵当権設定登記等の抹消登記手続の処理のために支出されたことになっているところ、大石は、静岡県警の取調べに対し、同年一二月中旬ころ、中島屋において、甲野から一三〇万円位の解決金を受領した旨供述し、また、甲野は、同県警の取調べに対し、昭和五二年一二月中旬ころ、渡辺、中沢と一緒に原告の法律事務所へ行き、同所で原告から大石分の解決金として現金二〇〇万円を受け取り、その足で、中島屋へ行き、大石に右二〇〇万円から自己の手数料五〇万円を差し引いた一五〇万円を渡し、その旨の領収書を受け取った旨供述し、中沢、渡辺もこれに沿う供述をした。

<2> 大石関係の右処理については、大石作成名義領収証と小長谷作成名義領収証が存在するところ、大石及び小長谷は、いずれも右各領収証の作成を否定し、甲野は、右領収証二通はいずれも原告の指示により偽造したものである(右領収証のうち、大石作成名義のものは内妻の丙川花子に書かせたが、小長谷作成名義のものは誰に書かせたかは覚えていない。)旨供述し、甲野の内妻丙川花子もこれに沿う供述をした。

<3> 他方、原告は、静岡県警の取調べに対し、自分は金銭の授受に携わっていないが、かねてより関係者と打ち合せていた段取りどおりに、三岡司法書士事務所で、自分の指示どおり石井と杉山によって、前記六五〇万円が全額大石及び小長谷に支払われたはずである旨供述し、右各領収証の偽造を甲野に指示したことを否認した。

そこで、同県警は、更に石井及び杉山を取り調べたが、原告の右供述に沿う供述を得ることはできなかった。

また、三岡司法書士も、同県警の取調べに対し、当初は、同司法書士事務所において大石分の解決金の支払が行われた旨供述していたものの、その後これを否定するに至り、同司法書士の妻三岡玉枝も右支払いを否定する供述をした。

以上のような関係者らの供述等に基づく一連の事実の流れを総合判断し、被告らは、その行方が不明である前記六五〇万円と二〇〇万円との差額四五〇万円を原告が横領したものと判断し、本件業務上横領容疑が真実であると信じたものである。

(3) そこで、前記一で認定した捜査の経緯等をもとに、被告らが本件広報活動における公表の内容(原告の本件業務上横領容疑)を真実と信じたことについて相当な理由があったか否かについて判断する。

<1> 大石との取引当日(昭和五二年一二月一三日)における金の流れについて

甲野は、静岡県警の取調べに対し、渡辺、中沢と一緒に原告の法律事務所に行き、そこで原告から大石分の解決金として現金二〇〇万円を受け取り、その足で、中島屋へ行き、大石に右二〇〇万円から五〇万円を差し引いた一五〇万円を渡し、その旨の領収書を受け取った旨供述し、大石、中沢、渡辺もこれに沿う供述をした。

これに対し、三岡司法書士は、当初、原告の法律事務所の女子事務員が同司法書士の事務所に大石分の解決金を持参し、そこで解決金の授受が行われた旨供述し、また、原告も、取調べに対し、大石との取引当日には、段取りどおりに、杉山と石井が三岡司法書士の事務所へ行き、大石、小長谷関係の解決金六五〇万円を領収証と引き換えに大石に支払われた旨、右解決金が授受された場所等について甲野らの供述と矛盾する供述をした。

従って、大石分の解決金の授受が行われた場所が中島屋、三岡司法書士事務所のいずれであったか、右解決金の授受がなされた当日の金の流れがどのようなものであったかが、原告の本件業務上横領容疑の成否を左右する重要な点であり、捜査機関としてはこの点について十分な裏付け捜査をなすべきである。

また、甲野、大石、中沢、渡辺は、一致して大石との解決金の授受が中島屋で行われた旨供述しているが、甲野、中沢(債権者でもある)及び渡辺は、一私人であるにもかかわらず、漆畑保の負債整理という弁護士のみに許された事務に深く関わっていた者であり、また、原告が、弁護士として漆畑保の負債整理を正式に受任し、これに介入したことにより、従前から漆畑保の負債整理に関与し(その結果、何らかの手数料等を見込んでいたことは容易に推認しうる。)ていた甲野、渡辺、中沢らとは利害関係が対立する関係にあったこと、特に、渡辺については、原告が漆畑保の代理人として土地売買代金の業務上横領容疑で告訴したという経緯もあること等に照らすと、甲野らの供述が右のとおり一致しているからといって、直ちにその信用性が高いとはいえず、甲野らの供述の信用性は特に注意深く、かつ、慎重に検討されなければならない。

本件において三岡司法書士が同司法書士事務所において前記解決金の授受が行われた旨供述したのであるから、静岡県警としては、その後甲野に対して同司法書士の右供述との矛盾点について詳細な取調べを行い、その供述の信用性を慎重に検討すべきところ、三岡司法書士に対する第一回目の取調べ(昭和五七年九月七日)が行われた後、甲野に対し右解決金の授受が中島屋で行われた旨再確認したものの、その際甲野の供述調書は作成されておらず、右再確認の際に右矛盾点について詳細な取調べをして事実関係を十分確認したのか否か判断するための資料が存在せず、本件においてもこれを認めうる証拠はない。

また、静岡県警は、前記解決金の授受がなされた当日の金の流れについて、静岡銀行本店から出金された一三〇〇万円の現金が原告の自宅兼後援会事務所に一時保管されたことまでは確認している(前記第三、一2(二))ものの、その後、右金員が、原告の法律事務所に届けられ、そこで原告から甲野に二〇〇万円の現金が交付されたのか、原告の法律事務所の女性事務員によって三岡司法書士の事務所に届けられたのかという点については、いまだ十分に捜査が尽くされたとは認め難い。

すなわち、右の点についての事実関係を解明するためには、原告の自宅にいた原告の妻(小長井和子)、原告の法律事務所の(女子)事務員及び三岡司法書士事務所の事務員等から事情聴取を行うことが必要不可欠であり、当時の状況からしてその聴取は容易であったにもかかわらず、本件公表時までに、原告の妻に対する事情聴取は行われておらず、原告の法律事務所の女子事務員(岡村節子)についても、前記のとおり昭和五七年九月二八日に事情聴取を行ったにもかかわらず供述調書は作成されておらず(前記第三、一1(六))、他の事務員に対する事情聴取も一切行われていない。また、三岡司法書士事務所の事務員については、同年一一月八日に三岡玉枝(右司法書士の妻)に対して事情聴取が行われた(前記第三、一2(五))が、本件公表時までに、他の女子事務員(望月みき)に対する事情聴取等は一切行われていない。

もっとも三岡司法書士は、当初、同司法書士事務所における大石分の解決金の授受を認めていたが、後にこれを否定するに至り、三岡玉枝も右解決金の授受を否定する供述をしている。また、原告は、本件書類送検前の段階においては、大石分の解決金は、段取りどおり三岡司法書士事務所において、石井と杉山によって六五〇万円全額支払われたはずである旨供述したが、石井と杉山からは原告の右供述に沿う供述を得られなかった(前記第三、一2(一)(二))。しかしながら、三岡玉技、石井及び杉山が右のような供述をしたとはいえ、三岡司法書士は解決金の受渡し場所については、他の供述者の供述に従い、同司法書士事務所でなかった旨供述を変遷させているにもかかわらず、他の本件業務上横領容疑の成否を左右する重要な事項、すなわち、第二回調書及び第三回調書においても同司法書士事務所に来た二人の男は、同事務所に金が届かないためいらいらしはじめ、そのために三岡司法書士も原告の事務所に金を持ってくるように電話した旨解決金の授受の場所が中島屋であることと明らかに矛盾する事実を一貫して供述していること等に照らすと、当日の金の流れについては特に慎重な裏付け捜査が必要であり、原告の法律事務所の女子事務員及び三岡司法書士事務所の女子事務員望月みきからの事情聴取及び供述調書の作成等が不要であったとは到底いえないものというべきである。

また、原告は、昭和五七年一一月四日の取調べにおいて、原告の法律事務所の動静が時刻も含めて記載されている事務所日誌と同人の記憶自体に基づいて、大石分の解決金が授受された当日の原告の行動について詳細に供述しており(甲四五。同号証にいう「当時の記録」とは、右事務所日誌のことを指すものと解される。)、特に本件業務上横領容疑は、右取調べの約五年前の事実であることからすれば、関係人の記憶に頼るのではなく、その作成経過や文書の体裁、内容等に照らして特に不自然であるなどの事情のない限り、当時作成されたとされる右事務所日誌に関心を払うべきで、静岡県警としては、右事務所日誌の記載をもとに、当日の金の流れについて慎重に裏付け捜査をすべきであり、また、その結果として右事務所日誌の信用性についても検討すべきであったにもかかわらず、これを十分に尽くした形跡が全くない。昭和五二年一二月一三日の動向について、甲野は、右当日、渡辺、中沢と一緒に原告の法律事務所へ行き、そこで原告から大石分の解決金を受け取った旨供述し、渡辺もこれに沿う供述をしているところ、右事務所日誌には、当日一二時四八分に渡辺が来所した旨の記載があるものの、その時甲野も一緒に来所した旨の記載はない。また、右事務所日誌には、当日一四時三五分に三岡司法書士から、大石の根抵当権の抹消登記関係の書類を受領した旨の記載があり、更に同日一四時四一分に、三岡司法書士から後援会事務所に原告と至急連絡を取りたいとの電話があった旨、原告の後援会事務所の勝見職員から連絡があったとの記載がある。従って、静岡県警は、原告に右事務所日誌を任意提出(原告が拒否していた等の事情は認められない。)させるなどしたうえで、その記載をもとに、右当日、甲野が渡辺と一緒に原告の法律事務所に来所した事実の有無や三岡司法書士事務所での出来事について裏付け捜査を進め、甲野の右供述の信用性について十分吟味することが可能であったにもかかわらず、本件書類送検時までに、右事務所日誌に基づく裏付け捜査は一切行われていない。 <2> 領収証の偽造等について

甲野は、大石との交渉に関し、原告の指示により大石、小長谷各作成名義の各領収証を偽造した旨供述し、丙川花子もこれに沿う供述をしているのに対し、原告は、甲野に右各領収証の偽造を指示したことを否認している。従って、本件業務上横領容疑の成否を認定するにあたっては、右領収証の偽造及び偽造後の右領収証の流れについての裏付け捜査が必要不可欠である。然るに、静岡県警は、右各領収証に押捺されていた指印についての指紋照会等を本件書類送検前には行っておらず、これが行われたのは本件書類送検後であり、また、同県警は、右偽造領収証がどのようにして原告の手に渡ったかについて原告の法律事務所の事務員等から事情聴取をする等の裏付け捜査を一切行っていない。

以上によれば、静岡県警は、右領収証の偽造及び偽造後の右領収証の流れにつき、甲野及び丙川花子の供述のみを拠り所とし、必要な裏付け捜査を怠ったものと言わざるを得ず、原告の反論や防御を十分に考慮せずに片寄った捜査を行ったとの疑いがないとはいえない。

<3> 更に、本件業務上横領容疑は、原告が、甲野に領収証の偽造を指示するなどしたうえ、漆畑保から負債整理等のために預り保管中の四五〇万円を横領したというものであるところ、横領行為が行われたとする当時の原告のおかれていた状況(弁護士として活動し、かつ衆議院議員選挙への立候補を予定して後援会事務所を開き政治活動を行っていた。)等に照らし、原告が、あえてこのような犯行に及ぶ動機についてこれを十分に解明するための捜査が本件書類送検時までに行われたことを認めるに足りる証拠はない。

(4) 以上総合すると、被告らは、甲野の供述を過大評価する一方、これと矛盾する三岡司法書士の当初の供述等の消極証拠を軽視し、本件書類送検時までに十分な裏付け捜査を尽くさなかったものと言わざるを得ず、被告らが原告の業務上横領容疑を認定したことについては十分な合理性があるということはできない。

そうすると、被告らが本件広報活動における公表の内容(原告の本件業務上横領容疑)を真実と信じたことについては、相当な理由があったとは認められない。

従って、被告が本件広報活動により原告の名誉を侵害したことは、違法である。

3 争点3について

(一) 漆畑保らに対する違法な告訴誘導の有無

(1) 当事者間に争いのない事実及び《証拠略》によれば、漆畑保が本件告訴に至った経緯は概ね次のとおりである。

静岡県警は、昭和五七年九月六日の時点で、甲野の供述及び偽造領収証を決め手として、原告が本件業務上横領被疑事件の被疑者であると断定し、漆畑保に対する事情聴取の際、同人に対し、原告が領収証を偽造して漆畑保から預かり保管していた金員を横領した旨説明した(右事実は、「只今刑事さんから聞かされ驚いているのですが、小長井弁護士が偽りの領収証を作って、私共から、弁護費用を余分に取っているらしいとのことですが」という同号証の記載等から明らかである。)。

更に、同県警は、同年九月ころ、漆畑保、同人の息子漆畑文男及びその妻同明美に対し、告訴状を出さないと事件にならない旨申し向ける等して、同人らに対して繰り返し告訴を強く勧め、同年一〇月七日、漆畑保は本件告訴に及んだ。

そして、これら一連の経緯に照らすと、被告らは、昭和五七年九月ころ、漆畑保(同文男及び同明美)に対し、本件告訴を誘導したものというべきである。

(2) およそ、捜査機関は、犯罪被害者等に対し告訴を誘導する場合、告訴がなされた場合に被告訴人の権利・自由が不当に侵害されることのないよう十分配慮し、合理的な資料・根拠に基づきこれを行うべき注意義務を負うものというべきである。これを本件について検討するに、そもそも業務上横領罪は親告罪ではないうえ、既に述べたとおり(前記第三、二2(二)(2)<1><2>)、昭和五七年九月の段階において、静岡県警が原告の業務上横領容疑の決め手としていたのは甲野の供述及び偽造領収証であるところ、右段階においてこれらについて十分な裏付け捜査が行われていたとは言い難いこと、三岡司法書士が同年九月七日に行われた第一回目の取調べにおいて甲野の供述と明らかに矛盾する供述をしたこと等に照らすと、右段階における原告の業務上横領容疑は極めて不確かなものであり、同県警が原告について右容疑を断定したことは合理的な資料・根拠に基づくものとはいえないというべきである。

従って、被告らの漆畑保に対する本件告訴誘導は、前記注意義務を怠った過失に基づく違法なものというべきである。

(二) 三岡司法書士に対する違法な供述工作等の有無

(1) 静岡県警の三岡司法書士に対する取調べの経過等は概ね次のとおりである。

三岡司法書士は、昭和五七年九月七日、同年一一月五日、同月七日の三回にわたって静岡県警から取調べを受けているところ、第一回目及び第二回目の取調べにおいては、原告の法律事務所の女子事務員が同司法書士事務所に大石分の解決金を持参し、そこで解決金の授受が行われた旨供述していたが、第三回目の取調べにおいて右供述を変更し、同司法書士事務所における右解決金の授受を否定するに至った(前記第三、一1(五)、同2(四))ものであるが、同司法書士の変更前の供述は、静岡県警が昭和五七年九月六日の時点で原告の容疑認定の決め手の一つとしていた甲野の供述(前記第三、一1(四)(1))と、大石分の解決金授受の場所等の点で矛盾するものであった。

他方、大石巡査部長は、三岡司法書士に対する第二回目の取調べの際に、同司法書士に対し、三岡第一回調書は破棄した旨告げた(前記第三、一1(五)(2))。また、静岡県警は、本件書類送検の際に、静岡地検に対し、三岡第一回調書を送付しなかったところ、大石巡査部長は、後日その理由について、三岡司法書士に対する第一回目の取調べの際には、金の受け渡しについて、同司法書士の記憶が判然としなかったため、右調書を一時留保していたが、その後、同年一一月七日に行われた取調べの際に、同司法書士の記憶に基づく部分がはっきりしてきた内容の供述調書を作成できたことから、この調書を採用し、三岡第一回調書を反故にすることにしたためである旨説明している(同)。

(2) しかし、およそ捜査機関が、参考人の供述を録取し、供述調書を作成する場合には、参考人に不当な影響を与えることによって、その供述を歪めるようなことがあってはならないし、重要な参考人の複数の供述調書の間に矛盾や変遷がある場合には、事件記録を検察官に送付する際には、検察官が参考人の供述の信用性を慎重に検討できるようこれらの供述調書を検察官に全部送付する必要があるというべきである。

本件においては、三岡司法書士の前記解決金授受についての供述内容は、取調べを重ねる毎に曖昧になり、第三回目の取調べに至って、同司法書士は供述を変更するに至っていること(前記第三、1(五)、同2(四))、大石巡査部長が三岡司法書士に対し三岡第一回調書を破棄した旨告げたこと、三岡司法書士が甲野の前記供述と矛盾する供述をした第一回目の取調べ(昭和五七年九月七日)が行われた後、甲野の供述調書が作成されていないこと等に照らすと、静岡県警は、三岡司法書士が第一回目の取調べにおいて同県警が原告の容疑認定の拠り所としていた甲野の供述と矛盾する供述をしたため、同司法書士に対して微妙な影響を与えることによって、その供述を甲野の前記供述に沿うように変更せしめたものとの疑いを推認することができ、また、静岡県警は、三岡司法書士が、大石分の解決金授受当日の金の流れという重要な事項に関する参考人であり、その供述に変遷があるにもかかわらず、同司法書士の供述調書三通のうち、三岡第一回調書を検察官に送付していないもので、以上によれば、静岡県警の三岡司法書士に対する取調べ及び三岡第一回調書の不送付は違法と言わざるを得ない。

(三) 甲野の虚偽供述利用の有無

原告は、被告らが、暴力団関係者である甲野の虚偽供述を利用して、原告の業務上横領容疑を捏造し、原告を横領犯人と断定するような捜査活動を行った旨主張している。確かに、前記のとおり、被告らは、甲野の供述を過大評価する一方、これと矛盾する三岡司法書士の当初の供述等の消極証拠を軽視し、本件書類送検時までに十分な捜査を尽くさなかったうえ、漆畑保らに対する違法な告訴誘導や三岡司法書士の供述に対し影響を与えるなどしている疑いがあるところ、本件全証拠によっても、被告らが、甲野の供述が虚偽であること及び虚偽であることを知りつつ、これを利用して、故意に原告の本件業務上横領容疑を捏造したことを認めることはできない(なお、本件において甲野が、本件当時、広域暴力団丁原幹部の地位にあったことを認めるに足りる証拠はない。)。

(四) 原告の防御権に対する不当な侵害の有無

(1) 原告は、静岡県警が、原告を被告訴人として取り調べた際、原告の切実な申出にもかかわらず、原告の防御が可能な程度の被疑事実の告知をせず、原告に十分な弁明、反証提出の機会を与えないまま取調べを打ち切り、被疑者とされた原告の防御権を不当に侵害した旨主張している。

(2) そこで検討するに、原告の取調べにあたった捜査官が、昭和五七年一〇月二九日に行われた取調べにおいて、原告に対し、漆畑保提出の同年一〇月七日付け告訴状記載の告訴事実(その記載内容は、通常の刑事事件の逮捕状に記載されている被疑事実の要旨と比較しても具体性を欠くとは認められない。)を録取させるとともに、これを読み聞かせていること、その後の取調べにおいても、捜査官は、原告に対し、甲野の供述に基づき、大石と取引の当日に原告の法律事務所で原告が甲野に対し二〇〇万円を交付した事実の有無や、大石、小長谷各作成名義の前記偽造領収証の件について発問していること、原告が弁護士であること等に照らすと、静岡県警が、原告の防御が可能な程度の被疑事実の告知をしなかったとは認められない。

もっとも、静岡県警が、昭和五七年一一月四日に原告を取り調べた後、同月五日及び七日に三岡司法書士を、同月六日に大石を、同月八日に三岡玉枝をそれぞれ取り調べているところ、三岡司法書士は同月七日の取調べにおいて従前の供述を翻し、同司法書士事務所における大石分の解決金の授受を否定し、三岡玉枝もこれに沿う供述をした(前記第三、一2(三)ないし(五))こと等に照らすと、同県警としては、同月八日以降、再度原告を取り調べ、原告に十分な弁明、反証提出の機会を与えるべきであったというべきである。然るに、同県警は、原告が捜査に協力する旨申し出ていたにもかかわらず、同月四日を最後に原告の取調べを打ち切り、本件書類送検に至っているもので、原告に対する取調べについては、原告に十分な弁明、反証提出の機会を与えないまま取調べを打ち切り、被疑者とされた原告の防御権を不当に侵害した違法があるというべきである。

(五) 静岡県警が、虚偽の本件業務上横領容疑を捏造し、原告の犯行と断定して書類送検した違法の有無

前記のとおり、被告らは、甲野の供述を過大評価する一方、これと矛盾する三岡司法書士の当初の供述等の消極証拠を軽視し、本件書類送検時までに十分な捜査を尽くさなかったうえ、漆畑保らに対する違法な告訴誘導や三岡司法書士の供述に対し不当な影響を与えるなどしていると認められるが、本件全証拠によっても、静岡県警がことさらに虚偽の本件業務上横領容疑を捏造したことを認めることはできない。

三  被告らの責任

1 被告県の責任

前記のとおり、被告県の公権力の行使に当たる公務員である亡星野、被告酒井、同植松、同野末らは、その職務である本件業務上横領被疑事件の捜査及び広報活動を行うにつき、その注意義務を怠った過失による違法行為があったものというべきであり、被告県は、国家賠償法一条一項により、原告に生じた損害を賠償する責任を負うものである。

2 その余の被告の責任

公権力の行使に当たる地方公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、地方公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責任を負わないものと解すべきである(最高裁昭和三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五三四頁、同昭和五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一三六七頁参照)。

従って、原告の被告星野照子(亡星野承継人)、同星野美子(同)、同佐野晴子(同)、同酒井、同植松、同野末に対する本件各請求は理由がない。

四  争点4について

1 本件広報活動が原告の名誉を毀損するものであること及び静岡県警において漆畑保に対する告訴誘導、三岡司法書士に対する供述工作及びその供述調書(三岡第一回調書)の不送付、原告に対する被疑者としての防御権の保障等に違法があったことは前記のとおりであるところ、原告は、弁護士であり、かつ本件広報活動当時には衆議院議員選挙に立候補することを予定して政治活動を行っており(争いない)、《証拠略》によれば、他からの信用が何より重視される弁護士としての信用を著しく毀損され、その業務に重大な支障が生じ、本件業務上横領容疑の捜査及び本件広報活動に端を発した本件訴訟事件等に奔走せざるを得ず、多大の損失を被っていること及び衆議院議員立候補予定者として政治活動についても致命的な打撃を受け、右立候補を断念せざるを得なかったことはもちろんその後の政治活動にも重大な支障を来し、業務上横領容疑者という汚名を晴らすため全精力を注いできたことが認められ、原告が筆舌に尽くし難い多大の精神的苦痛を被ったことは明らかである。そこで、右各事実のほか本件広報活動の主体、その内容、その後の報道機関による報道内容等、その他本件に表われた一切の事情を考慮すると、原告が名誉毀損等により受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては一〇〇〇万円とするのが相当である。

2 原告は、本件において名誉回復措置としての謝罪広告及び謝罪放送を求めているところ、原告は、すでに本件業務上横領容疑につき嫌疑不十分により不起訴処分となり、右事実は主要な日刊新聞において報道されており、本件はその後すでに約一三年の年月が経過していること等に照らすと、原告の名誉回復措置として現時点では、もはや右で述べた慰藉料の支払いに加えて謝罪広告及び謝罪放送を命ずることまでは必要でないというべきである。

五  結論

以上によれば、原告の請求は主文第一項の限度で理由がある。

なお、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととする。

(裁判長裁判官 田中由子 裁判官 田中 治)

裁判官 早川幸男は転補につき署名捺印することができない。

(裁判長裁判官 田中由子)

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